「道長無双」の象徴となった後一条天皇
紫式部と藤原道長をめぐる人々㊺
11月24日(日)放送の『光る君へ』第45回「はばたき」では、藤式部(とうしきぶ/のちの紫式部/吉高由里子)が宮仕えを辞して旅に出る様子が描かれた。一方、式部を失った藤原道長(ふじわらのみちなが/柄本佑)は家族の反対を押し切り、出家を決断する。
■『源氏の物語』を書き終えた藤式部が旅に出る

後一条天皇の天皇陵である菩提樹院陵(京都府京都市)。生母の藤原彰子によって建てられた。後一条天皇は突然に倒れ、急激に容態が悪化。譲位の儀式も行なえないまま崩御した。糖尿病だったと考えられている。
藤式部は、長年続けてきた『源氏の物語』を書き終えた。そんな折に、娘の藤原賢子(かたこ/けんし/南沙良)から宮仕えをしたいとの相談を受ける。賢子が宮中で働くことになれば、自分がいなくても実家を支えることができると、式部は安堵した。
これを機に、式部は宮中の仕事を辞め、旅に出ることを決意。『源氏の物語』に出てきた須磨や明石、夫の藤原宣孝(のぶたか)が最期を迎えた大宰府を旅したいと言う。そう語る母の表情を、賢子は複雑な思いで見守った。
式部は、自身の後任に娘を推薦する形で各所に挨拶を済ませ、宮中を去った。突然のことで合点のいかない藤原道長が密かに止めに入ったが、式部の決意は固い。さらに式部は、賢子の本当の父が道長であることを告白した。
式部に別れを告げられた道長は、正妻・源倫子(みなもとのともこ/りんし/黒木華)の反対も押しのけて出家を強行。妻や娘、息子らの見守る中で剃髪した。
一方、旅に出てさまざまなものを見聞きする式部は、宋人が大勢集う大宰府に到着。生き生きとした往来に目を輝かせていると、かつて越前で宋の言葉を教わった青年である周明(ヂョウミン/松下洸平)と偶然に再会するのだった。
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